kurobird’s diary

僕としてリアルな思考を垂れ流す。

一人暮らしの面倒臭さ

一人暮らしを始めて約9ヶ月が経った。ここでは一人暮らしについて僕が思った事を書く。

 

一人暮らしに関して僕が持っていたイメージは、「自由」だった。いつ起きても、何を食べても、日中何をしてても、そして何時に寝ても誰からも怒られない。風呂だって面倒くさければ入らなくてもいいし、家事もしようがするまいが本人次第だ。

 

そういった事ができるのは、親に口うるさく叱られないという意味で自由と言えるかもしれない。だが、それは「しなくても良い」という選択肢に甘えているだけだ。本当は規則正しい生活を送り、家事をちゃんとこなし、バランスのとれた食事を摂り、毎日シャワーくらいは浴びるべきなのだ。

 

それは、ある意味では自由でないかもしれない。家事だの、風呂に入るだの、ちゃんした食事を心掛けるだの、そういう立派な生活をしようとすると、やるべきだが面倒な事が増える。その面倒臭さが嫌で、ちゃんとした生活リズムを作る気も特にないならば、無理をする必要はない。

 

しかし、一人暮らしとは実はそういうものなのだ。一言で「自由」とは片付けられない。正確には「どういう生活をしても自由だが、責任は自分で負う」というのが一人暮らしだ。この「自己責任」という一人暮らしの面倒臭さを、僕はこの9ヶ月で身を持って実感した。

 

最初は毎朝決まった時間に起床し、朝食を作り、その後大学に行き、帰ったら夕飯を作り、皿を洗い、風呂に入ったら夜更かしせずにしっかり睡眠をとるといった理想を掲げていたものだが、次第に面倒に感じるようになり、自炊をしなくなり、風呂も毎日は入らなくなった。

 

実際にはそれでも生活はできてしまうし、誰からも文句を言われない。そうこうしている内に僕は一人暮らしそのものを面倒に思い始めた。

 

自炊をしないとは言え多少の洗い物は出るし、掃除をしないとすぐに埃がたまる。洗濯機だって回さないといけない。めんどー。誰かやってくれないかなぁ。などと思ってても誰も何もやってくれない。

 

そんな中、ある日僕は思った。一人暮らしは自分で全てを行うもので、本質的に面倒臭いものであると。そして最近は「その面倒臭さを乗り越えれば、自己管理のしっかりした大人になれるのでは」と考え始めた。

 

そこから僕は少し変わった。諸々の家事を以前より面倒に感じなくなってきたのだ。別に完全に面倒臭くなくなった訳ではないが、やりたくないとは思わなくなった。皿洗いが嫌で朝食すらコンビニに頼っていたが、最近は自分で用意するようになった。

 

この「面倒だがやるようになった」というのは僕の中では大きい変化だ。生きる事に多少なりとも積極的になった気がする。

 

話が少し脱線したが、一人暮らしに伴うのは「自己責任付きの自由さ」だ。自己管理をしっかり行うも、そうはせずに怠けても、あくまで本人の自由なのだ。各自が面倒臭さとどう向き合うか、ただそれだけの事であり、その結果について誰も何も言わない。言われた所でどうするも自分次第。僕は幸運にも自分で「ちゃんとしないとなぁ」と思ったので、生活を改め始めた訳である。そういう自発性は自分を変えるのに最も重要だと思うが、それについては気が向いたらいつか書こうと思う。