kurobird’s diary

僕の頭を垂れ流す。

孤独という休憩所

他人と関わりすぎて、なんだか嫌になったり疲れたりしたら、部屋で一人、孤独になるのが良い。この時、SNSとか、メール、ラインとか、そういう他人との繋がりを全て遠ざける。例えば、スマホとかPCから物理的に離れるのが有効である。そして、頭の中から他人という他人全員を追い出して、忘れ去るのだ。そうして残るのは、自分だけ。他には誰もいない。他人による鎖から解き放たれて、自由を得る代わりに孤独となる。

 

この方法で、僕は肩から重荷がすとんと落ちたように心が身軽になる。今まで孤独というものを恐れていたが、最近は休憩する時、寧ろ積極的に孤独になろうとしている。

 

それで良いのだ。常に孤独というのは寂しいが、常に他人と繋がりっぱなしというのも考えもので、それはやがて束縛となり、心身を侵食していく。そして、自分という個を見失うのだ。とはいえ、常に孤独で、他人との関わりが慢性的に一切ない場合でも、自分を見失ってしまう。

 

要するにバランスが重要なのだ。自分が自分でいられるように、うまくコントロールしていく必要がある。どのタイミングで孤独になれば良いかというのは、自分で探っていくしかない。

 

僕の場合、その時は自分自身がふと知らせてくれる。直感ともいうべきだろうか。ふと、もう他人といたくないと強く望む時がある。それはつまり、そういうサインな訳で、そういうのは大切にするべきであると考えている。ちなみに、夕方とか夜で体力的に疲れてきた時が多い気がする。

 

何が原因でとかは考える必要はない。それは往々にして曖昧であり、様々な種類の、でもひとつひとつは小さな傷や怪我が重なって気がついたら傷だらけになっていたというパターンも多い。とにかく他人から離れたいのなら、可能な限り即座に孤独になるべきで、原因探しは余裕が生まれてからで良い。